新しい地理教科書を構想する その1

 まずは少し具体的な事例に沿って考えてみましょう。

 ヒマワリの栽培がロシアやウクライナで盛んです。当然これは観賞用ではありません。スラブ人どんだけヒマワリ好きなんだよという話になってしまいます。じゃあ何の為に育ててるのか。答えは種を採るためです。では種を何に使うのか。ハムスターのエサではありません。ロシアとウクライナを足して1000万トン以上(世界全体で3000万トンくらい)の生産がありますから、どんだけハムスター飼ってんだよという話になります。
 答えを云ってしまうと、これは油を搾るためなんです。つまり油脂原料。ナタネなんかと同じですね。花もきれいだけど、必ずしもそのために育ててる訳ではない。勿論ヒマワリの種もハムスターのエサになったり、人間が炒って食べたりしますね。でも、全体の中ではごくわずかな量しかそういう目的に使われてない。我々の日常的な感覚でヒマワリといった時に即座に連想するものと地理的な現実の間にはギャップがある。

 大豆といわれて我々が思い浮かべるのは、味噌、醤油、豆腐といった食品の類ですね。大豆は世界全体で2億トン以上の生産がありますが、圧倒的に油脂原料とその搾りカスを飼料にするという使い方が多い。食用もあるけど、どっちかっていうと油脂原料であり飼料作物である。
 これをふまえた上で考えると、大豆の生産が多い地域と畜産の盛んな地域はある程度重なるはずですね。大豆と畜産は完全にはリンクしませんが、その関連性はかなりの強度です。

 トウモロコシ。これもクセモノですね。ついついポップコーンやサラダを連想しますが、これも圧倒的に飼料作物です。そして同時に主食にもなり、アルコール原料にもなります。
 米や小麦を栽培できないような厳しい環境でも育つものもあるので、これを主食にしている地域も結構あるみたいだし、トルティーヤなんてのはトウモロコシが原料です。ペルーなんかでは昔から各家庭でチチャというトウモロコシのお酒を作ってましたし、最近ではバイオエタノールの原料としての利用がアメリカを中心に増えています。
 世界3大穀物(主食)で、米や小麦より生産量が多いというのも意外と知られてませんね。米と小麦はそれぞれ6億トンちょっとくらいですが、トウモロコシはおよそ7億トンです。


 農産物なんか特にそうですが、身近なものに限って我々の日常との間にギャップがある。でも冷静に論理的に考えれば当たり前のことばかりなんですね。よく知らない、あるいは妙な思い込みがある所為でギャップをつくってしまうのは我々の方なんです。
 全世界を見渡したときに、日本人の我々の生活というのは、ある意味で特殊なものです。そういった事情をふまえて、見知らぬ人々の生活を想像する力、これが「地理的な想像力」です。



 少なくとも高校地理の範疇に関しては、地理的な諸現象というのは、およそ気候条件、地形条件、社会条件の3つの要素に還元することが出来、環境決定論的な因果関係の輪の中で解釈することが可能でしょう。このある種の「物語」を介することで、単なる暗記にとどまらないより深い理解が促進され、地理を学ぶ楽しさが高校生にも伝わればと思います。

 気候条件…気温、降水(及び日照)などの条件、また土壌・植生などの土地条件

 地形条件…山や川、海との位置関係(遠近)、高度、起伏、他の都市村落或いは地域との位置関係

 社会条件…その土地の政治、経済、文化状況、及びそれらの歴史

 暫定的に上記のように定義しておきます。これら3つの要素は互いに影響しながらある地域の「環境」を形成しますが、「環境」は常に不変のものではなく、人間の活動との相互作用により変化していきます。上記の3要素のうち人間の活動の影響を最も強く受けるのが社会条件であるのは云うまでもありませんが、地形条件も少なからず影響を受けます。そして近年では気候条件も人間の活動に左右されている(可能性がある)と云われています。
 ですから、地理的な諸現象は決して所与のものではなく、人間の生活と大きな関わりがある、と云うよりむしろ人間の活動の1つの断面である訳です。まず第一に忘れてほしくないのがこの点です。地理を学ぶにあたって、この「人間」というのを常に頭に入れておいてください。これこれの条件に際して自分ならどういう行動をとるか、或いはこういうバックグラウンドを持った人間ならどういう行動をとるか、というのを想像してみる、理屈をつけて考えてみる。こういった「地理的な想像力」を大事にしてほしい。この想像力は必ずしも我々の日常的な感覚とは一致しません。そのギャップを埋めるのが地理の学習だと私は考えます。