「オトメちっく」ハ「おとめちっく」ニ非ズ?

 別花10月号において確認された「オトメちっく」という単語について考えてみます。「オトメン」関連で「オトメちっくフェア開催」とか書かれる訳です。何か違和感がありますよね。

 少女マンガの世界で「おとめちっく」といえば、田渕由美子陸奥A子などの作品に代表される流れを指すというのは、一応常識の範疇だと思います。これを念頭に先のあおり文句を見てみると、「オトメン」は「おとめちっく」の系譜であるかのような印象を受けます。しかし、実際はそうではないことを読者たる我々は既に知っています(「オトメン」未読の人はそういうもんだと思ってください)。作品をトータルで考えた場合に、明白に「おとめちっく」ではありません。結論が先行しましたが、以下「オトメン」とはナニモノなのかを考えてみましょう。


 「オトメン(乙男)」単行本1巻の帯にある定義によれば、オトメン…1)乙女的趣味・考えを持つ若い男性。2)料理・裁縫など家事全般に才を発揮する若い男性。3)乙女らしい一方、男らしさも兼ねそなえた若い男性。ということです。雑誌連載で毎回掲載されるあらすじでもほぼ同様の説明がなされます。

 「オトメン」において主人公の正宗飛鳥を筆頭に数人得意分野の異なるのオトメンが登場しますが、今回は飛鳥を主に取り扱っていきます(その他は余り考慮しない)。その方が作品の(当初の)コンセプトが非常にハッキリするので。

 飛鳥の乙女的趣味といった場合に具体的には、かわいいもの、甘いもの、少女マンガ、料理・裁縫、占い、等が描かれます(暗闇が怖いなんてのもあった)。こういったものをまとめて「女らしさ(の記号)」或いは「乙女らしさ」としておきます。

 これらの「乙女らしさ」の一方で、飛鳥は剣道全国一、柔道初段、空手二段、というような身体的な強靭さによって表れる「男らしさ」をも持ち合わせています。

 そしてこの飛鳥の恋する相手である都塚りょうは、およそこういった「乙女らしさ」とは対極に位置する男前な女の子でした。

 ここに一つのねじれが存在する訳です。担われる役割と実際の性別の間に一種の逆転現象が生じることになります。この二人の関係を反転させ写し取ったものが作中作「らぶちっく」であり、それこそベタベタな少女マンガということになります。(逆転現象と簡単に書きましたが、実際はもっと複雑で単純な逆相関と云う訳ではありません。この辺は別の機会に詳しくみます)

 とりあえず、究極の「乙女」が少年(男)によって担われるという逆説が「オトメン」の第一のポイントでしょう。これは乙女(少女)が乙女であるがゆえにその乙女的趣味・嗜好を全開にしている(或いはそれが可能になるという)従来的な意味での「おとめちっく」の持つ自明性を共有していないということを意味します。この意味で「オトメン」は「おとめちっく」とは異なる訳です。(もっと直感的なレベルでは、絵柄が全然違うとか、まあ色々ありますがね)


 しかし、ここでもう一度冷静に考えてみると、先の結論(「オトメン」は「おとめちっく」でない)は修正を必要とします。確かに厳密な意味では「おとめちっく」ではありませんが、ある意味では「おとめちっく」でもあるということです。

 先に述べた「おとめちっく」の前提となるものは、簡単に云えば旧来的なジェンダー秩序(生物学的な性別と持つべき文化的特性の一致)ということになるでしょう。これを与えられたものとしてでなく、あえて主体的に選択しなおすという側面が「おとめちっく」にはあります。

 ですから、乙女的趣味(という外部からのカテゴライズ)を主体的に選択しなおす行為、及びそれにより生じる諸現象をひっくるめて「おとめちっく」と呼ぶとすれば、「オトメン」は立派に「おとめちっく」たりうる資格を有するのではないかと考えられる訳です。ただ一方で、旧来的なジェンダー秩序の元に形成された「乙女的」というカテゴライズを男性が引き受けるというのは、既存の秩序の相対化であり、この点がひっかかるため、「オトメン」=「おとめちっく」と単純には云えないのです。


 ややこしいですね。何故こうも話がややこしくなるのでしょうか。おそらく原因は「おとめちっく」(「乙女ちっく」「オトメちっく」)という単語の多義性というか指し示す範囲の不確定性ではないか、とここまで書いてきて考える訳です。(今更かよ!)

 少女マンガ的常識としてあげた、「おとめちっく」とは田渕由美子のようなのを指す、というのも実は結構曖昧で(漠然としていて)、確かにイメージとしてはその通りで間違いないのですが、こういう議論においては足を引っ張ってくれます。

 さらに、より一般的な用法として、単純に乙女的趣味やそれに類するものを<おとめちっく>という言葉で形容する訳です。

 狭義のそれと広義のそれといえばそうですが、それぞれに定義の曖昧な言葉である点も見逃せません。これはやりにくい。



 これを踏まえて冒頭の「オトメちっく」を再び考えると、単純に広義の<おとめちっく>のつもりで使っていたという線が濃厚です。もし仮に狭義の意味を念頭に入れているのであれば、いっそのこと『新オトメちっく』とでもしてしまうのがわかりやすかろうとも思います。さらに云うならば狭義の「おとめちっく」については『おとめちっく派』とでもして、少女マンガ史における一つの流れであることを明示的に表現すべきでしょう。既に定着している用語に対してこういうことを云うのもなんですがね。


 なんか結果的には自分で話をややこしくしてたみたいです。ちょっと反省。

 でも言い訳みたいですけど、用語の定義とかはきっちりしないと議論が滞る原因になるので、どうにかする必要がありそうです。