新井理恵の場合

 読んでいて感覚的な理解としては、コマ数もテキストも過剰気味です。この色々な「過剰さ」というのは新井理恵を特徴付ける重要なポイントの1つですが、今回は出血、涙等の「体液表現」の過剰さ、或いはモザイクの過剰さ(過剰というかそもそも少女マンガでモザイクが必要ということ自体が大きな問題だし、前代未聞空前絶後である)についてはあえて触れず、単純にコマ割りの特徴についてのみ見ていきたいと思います。


 新井理恵は、基本的にコマ数が多く、ページまたぎはおろか見開きの使用も極端に少ない作家です。現在単行本化されている全ての作品をざっと確認したところ、ページまたぎ3例、見開き3例という驚きの結果が得られました。以下その状況について詳しく見てみます。

 ページまたぎが使用されたのは、作品としては「タカハシくん優柔不断」の一作のみであるということが、まず第一のポイントです。4コマギャグである「×‐ペケ‐」が9年にわたる長期連載であり、現時点までの彼女のキャリアの半分を占めているという事実を差し引いたとしても、ページまたぎの使用頻度の低さは特筆に価するものでしょう。そして、その使用は最大級の見せ場に限定されています。「タカハシ」においては、1巻p52-53で浩平と麻耶の関係が明かされるシーン(実はこんな関係だった!というシーン)、2巻p134-35麻耶が浩平の元を去る別れのシーン、2巻p148-49麻耶と岩井の幸せそうなシーン(麻耶の相手が岩井であることが判明するシーン)、というように、作品全体の中で最も重要なシーンに限り、ページまたぎが使われます。これは、通常の使われ方の最も厳密な適用例であるといえましょう。通常各話(30p)に1、2回の頻度で見せ場を演出するページまたぎでしたが、新井理恵の場合は作品全体での見せ場を厳選して、ピンポイントで効果的に用いています。

 見開きの使用も極端に少なく、「ケイゾク/漫画」と「子供達をせめないで」の2作品においてのみです。「ケイゾク」では、ラスト付近の大事なところで2回(p170-71、p186-87)使われてます。「子供達」では第1話の扉(と呼ぶのが適切ののか判らないが、1ページ目でいきなり話を始めて2-3ページで見開きを使います。しかし、4ページ目が空白というか穴埋めっぽいおまけで5ページ目から本編に入るので、見開きは単行本の描き下ろしである可能性もあります。また、幻冬舎コミックス版を見ているので、もしかするとソニーマガジンの方は違っているかも知れないです。)


 勿論、4コマに限らずギャグを主として描いてきたという彼女のキャリアと、見開き、ページまたぎの使用頻度の低さは無関係ではないでしょう。しかし、それにしても16年で3回ずつというのは矢張り少ない。津田雅美とは非常に対照的なコマ割りということでした。